• 西国三十三か所 第八番札所  豊山 長谷寺 三方を山に囲まれたこの地は古くから豊初瀬、泊瀬などと呼ばれ、豊山山麓の桜井市初瀬は、観音信仰の門前町として栄えてました。 長谷寺もかつては初瀬寺、泊瀬寺と称したこともありましたが、現在は全国に末寺3000以上をもつ真言宗豊山派の総本山。ボタンの寺として名高く、春は登廊周辺に大輪のボタンが咲き誇ります。6月は紫陽花を見ることができますが、まだ2~3分咲きといったところ。6月末が見ごろらしい。 登廊を上がりきる... 続きを読む
  • 太宰府天満宮 娘ちゃんの佐賀 総文祭の間の休息日。宿泊地の久留米から西鉄を使って大宰府天満宮へ。休日の観光地 太宰府天満宮なので、大勢の人で賑わっているのかと思ってたら...それほど人が多いわけではなく、海外の方が多い感じですね...帰りの電車は観光列車「旅人」に乗車。と言っても、二駅しか乗らないので10分程度で終わりです。太宰府天満宮とは...菅原道真公の御墓所の上にご社殿を造営し、その御神霊を永久にお祀りしてい... 続きを読む
  • 橿原神宮 日本最古の正史ともされる『日本書紀』において、日本建国の地とされた橿原。神武天皇が豊かで平和な国づくりをめざして畝傍山の東南の麓に橿原宮を創建。第一代天皇として即位されたのが紀元元年、今からおよそ2,600余年前のこと。神武天皇が国内を統一し、畝傍山の東南・橿原の地に皇居を造られ即位の礼を行った。明治時代に入り天皇の御聖徳を永遠に尊び敬いたいという思いから、橿原の地に神宮創建をという請願が民間有志より... 続きを読む
  • 西国三十三か所 第七番札所  東光山 岡寺[龍蓋寺] 岡寺とは通称で、正式には東光山真珠院龍蓋寺(りゅうがいじ)という。およそ1300年前の天智天皇2年(663年)、義淵僧正が天智天皇から草壁皇子の邸宅だった岡宮の旧跡を譲り受けて建立したのが始まりで、この宮跡に由来して岡寺と呼ばれている。一方で龍蓋寺の寺名は、この村に出没して農民を苦しめていた悪龍を、義淵がその法力で池に閉じ込め蓋をしたところから付けられたという説もある。岡寺は日本最初の厄除け霊場として知ら... 続きを読む
  • 平成最後の御朱印は... 平成最後の日に、地元の藤井寺で御朱印をいただきました。明日からは国宝 千手観音菩薩の御開帳があります。それにしても、昭和から平成に変わるときよりも、平成から令和になる今日の方がすがすがしく思うのは、やはり生前退位のおかげなんでしょうね。思い出すと、昭和から平成になるときは中学生でしたが、初めての通帳を作りに銀行に行ったのを覚えてますね。新しい元号が決まってなくて、通帳の1段目には「64.〇.〇」と記帳さ... 続きを読む
  • 今日はデート... 今日は奥さんとデート。という名の、半分仕事みたいな感じでしたが(;^ω^)会社の労働組合で周年記念誌を作成するということで、大阪をイメージする写真が欲しいと無理難題をいただきました。それで奥さんを連れて散歩がてらに撮影へ。まずは あべのハルカスへ。どこから見るハルカスがきれいなのかなぁと悩みながら散歩。そこから新世界経由で通天閣へ。これも どこからがいいのかと右往左往してました。そこからミナミへ。道頓堀ら... 続きを読む
  • 西国三十三か所 第十四番札所  長等山 園城寺[三井寺] 大津の長等山中腹に広がる三井寺。その広大な境内の南端に第十四番札所の観音堂がある。天台密教が息づく厳かな伽藍中心部に比べ、観音堂はのどかで庶民的な雰囲気が漂う。創建は古く飛鳥時代にまで遡る。朱鳥元年(686年)に弘文天皇(大友皇子)の子、大友与多王が「荘園城邑」を寄進し、堂宇を建立したのが始まり。石組みで名高い穴太の石工たちが築いた石垣を見ながら参道を進む。境内でひときわ威容を放つのが金堂(国宝)。... 続きを読む

アクセス数

プロフィール

すずかパパ

  • Author:すずかパパ
  • 【すずか】
    高校2年生になりました。7月にはバトントワリングで全国大会に出場します!

    【たくや】
    中学生になりました。器械体操とバスケットボールで体動かしてます!

    【パパ】
    モータースポーツ大好き、この歳になっても野球を続けているサラリーマンです。

    【ママ】
    毎日、子供達の世話に奮闘中。

月別(表示数指定)

CATEGORY+

ブロとも申請フォーム

コメント ありがとう!!

データ取得中...

リンクしました

ブログ内検索